コラム

ロータリーに学ぶ職場のメンタルヘルス対策

なぜ今、経営者に職場のメンタルヘルス対策が必要なのか

現代社会において、従業員のメンタルヘルスは企業の持続可能性と成功に不可欠な要素となっています。これは単なる健康問題ではなく、生産性、人材確保、企業価値向上に直結する経営課題としての重要性が高まっています。

精神的な問題(ストレス、うつ状態、不安など)や精神的ウェルビーイング(前向きで活気があり、充実した状態)は、企業経営において看過できない課題です。精神疾患は日本人の3%(100人に3人)が経験するつらい病気であり、その多く(9割以上)は外来通院しながら通常の生活を送っています。

しかし、受診率は低く、多くの人が自宅で回復を待つ状態が続いています。回復までには数カ月から数年かかることもあり、その間つらい思いをします。特に、精神疾患は対人関係への影響が大きく、うまく人間関係を築けなくなる点が困難です。これにより離職、失業、離婚、自殺リスクも高まります。

社会経済的損失も看過できません。2008年の推計では、精神疾患の年間医療費約4.3兆円に対し、働けなくなったことによる労働力の損失は6.6兆円に上るとされています。これは企業にとっても大きな課題となっています。

私たちロータリーが奨励する「奉仕の理念」や「責任ある事業の基盤」という考え方は、現代の職場におけるメンタルヘルス対策に重要な示唆を与えます。本記事では、経営者が取り組むべきメンタルヘルス対策について探ります。

メンタルヘルス対策は「経営者が本来すべきこと」:奉仕の理念とのつながり

企業の生産性向上にはメンタルヘルス対策が不可欠です。これまで、メンタルヘルス対策は「安全配慮義務の履行責任」として位置づけられ、労働災害や過労、自殺の予防・防止が、企業がメンタルヘルスに配慮する一番の理由となってきました。

過去には、うつ病による労働災害認定(1984年、新幹線の設計をしていた社員が長時間労働でうつ状態になり飛び込み両脚を切断、後に労災認定)や、過労自殺に関する民事訴訟(大手広告代理店社員が長時間残業でうつ病になり自殺、会社に安全配慮義務違反があったとされ賠償金支払い)といった事例があります。

しかし、メンタルヘルス対策の本質は、単なる法的責任の履行にとどまりません。従業員の満足や幸福に直結し、生産性向上も期待できる取り組みです。これこそが「経営者が本来すべきこと」といえるでしょう。

私たちロータリーの目的は、「責任ある事業の基盤として奉仕の理念を奨励し、これを育むこと」にあります。会員一人一人が、個人として、また事業および社会生活において、日々、奉仕の理念を実践することを奨励しています。

また、「職業上の高い倫理的標準を保ち、役立つ仕事はすべて価値あるものと認識し、社会に奉仕する機会として会員各自の職業を尊重なものにすること」も私たちの目的の一つです。

このように、私たちが奨励する奉仕の理念や高い倫理観は、従業員の健康と幸福を重視し、安全で生産的な職場環境を作るという現代の経営者が本来すべきことと深く繋がっています。

ポジティブな職場環境づくりと「誰一人取り残さない」精神

メンタルヘルス対策は、不調者への対応(ネガティブな状態を元に戻す)だけでなく、より生き生きと元気に働いてもらう環境づくり(ポジティブな側面)が重要になってきています。

職場環境改善は、従業員が元気に生産的に働けることを意味します。小さな工夫や改善でも効果があります。具体例として、役員通路からのガラス窓を塞いだだけで従業員が元気になった事例や、管理職が定期的に現場を回ってコミュニケーションを取るようにしたら従業員が元気になり出社するようになった事例があります。

職場環境改善は厚労省の「メンタルヘルス指針」にも記載され、ストレスチェック制度と共に推進されています。ストレスチェックの集団分析を見て、経営者や管理監督者、従業員が参加して課題を見つけ改善することで、みんなが元気になります。研究によれば、ストレスチェックだけよりも職場環境改善を行ったグループでは心理的ストレス反応が減少することが示されています。

また、「ニューロダイバーシティ」(脳の発達による個人の違いを多様性として捉え尊重し、違いを社会の中で活かそうという考え方)への配慮も重要です。個人の特性(指示が理解できない、気が散りやすい、動かない、打たれ弱いなど)を把握し、視覚化して伝える、一度に一つの指示を出す、仕事の位置づけを明確にするなどの対策を行うことで、その人が働けるようになり才能を伸ばせる可能性があります。

私たちロータリーの青少年指導者養成プログラム(RYLA)では、チームワークとコミュニケーションを育む体験が提供されています。例えば、「床に広げた大きなシートに乗ったまま、誰も降りることなくシートを半分に折る」という課題があります。この課題は、チームワーク、機敏性、絶えずコミュニケーションが求められるものです。

参加者たちは、誰に言われるでもなく、「誰ひとり取り残さない」ことを決め、車椅子を使うチームメートを含め、全員で課題に取り組みます。シートを持ち上げたり、ポジションを調整したりしながら、計画し、チームとして行動します。

この体験から、「社会も同じ。課題が生じても、誰かを置き去りにするのではなく、みんなが参加できる方法を見つけることが大切なんだ」という深い気づきが得られます。

この「誰一人取り残さない」という精神は、職場のメンタルヘルス対策、特に多様な従業員が活躍できるインクルーシブな環境づくりにおいて、経営者が心得るべき重要な視点と言えるでしょう。

メンタルヘルス対策がもたらす企業価値向上:人的資本経営の視点

近年、メンタルヘルス対策は、企業・組織における生産性の維持・向上のために重要だという考え方が浮上してきました。メンタルヘルス不調は生産性低下の最大の要因とする研究もあります。

ポジティブなメンタルヘルスを推進することは、従業員の満足や幸福に直結し、生産性向上も期待できます。これにより、従業員が辞めなくなること、つまり優秀な人材を引きつけ、離職させない企業となることが、企業の競争力の源泉になります。

就職活動生の約9割は、従業員の健康に気を配ってくれる会社に就職したいと思っており、メンタルヘルス対策を伝えることは、就活生を引きつける有効な手段です。従業員の健康と幸福の実現を経営目標に含めている会社は、投資家や顧客、社会から企業価値として求められるようになりました。この世界的な価値観の変化はこの数年で加速しています。

メンタルヘルスを大切にしている方針を打ち出すことは、会社の価値向上につながっています。特に「人的資本経営」「ウェル・ビーイング経営」「健康経営」という考え方の中で、職場のメンタルヘルスが経営に組み込まれるようになってきました。

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで投資を呼び込んだり、実際に企業価値を上げたりしていこうという経営のことです。この流れの中で、メンタルヘルスが重要な要素の一つとして位置づけられています。

株式会社ニコリ代表取締役社長の安福良直氏は、私たちロータリーへの入会後に「奉仕の精神を学び、人脈が広がり、経営の勉強も行った」と述べています。彼のような経営者が私たちの活動を通じて得る学びは、現代経営に不可欠な従業員ウェルビーイングへの配慮や人的資本の価値向上にも繋がる可能性を示唆しています。

奉仕の精神を経営に活かす

私たちロータリーが重んじる「奉仕の理念」は、単なる慈善活動に留まらず、事業活動や日常生活における倫理観と他者への配慮を奨励するものです。

この精神を現代の経営に活かすことは、従業員のメンタルヘルスを重要な経営課題として捉え、物理的・精神的な職場環境を改善し、一人ひとりの多様性を尊重することに繋がります。

「誰一人取り残さない」という私たちの活動で培われる精神は、多様な人材が能力を発揮できる、インクルーシブな職場づくりにも通じます。

結果として、従業員の満足度・幸福度、生産性が向上し、優秀な人材の確保や企業価値向上という形で、経営上の大きな成果をもたらします。

ロータリー活動は、経営者に「奉仕の精神」や「経営の勉強」、そして「人脈」といった多角的な学びと機会を提供しうる場所であり、それがひいてはより良い職場づくり、社会貢献に繋がる可能性を秘めているのです。

「最もよく奉仕する者、最も多く報いられる」という私たちの標語は、職場のメンタルヘルスに真摯に取り組む経営者にも当てはまる言葉と言えるでしょう。