なぜ今、経営者に「サードプレイス」が必要なのか
経営者は日々、意思決定の連続の中にいます。市場の変化、競合との関係、組織マネジメント——あらゆる局面で判断を求められ、その責任は最終的に自分自身が負うことになります。こうした環境において、同質性の高い社内組織や業界団体だけでは得られない視点があることに、多くの経営者が気づき始めています。
家庭でも職場でもない「第三の場所」、いわゆるサードプレイスの重要性が注目されている背景には、こうした経営者特有の孤独があります。ロータリークラブは、まさにこのサードプレイスとしての機能を長年にわたって果たしてきました。業種も年齢も異なる会員が対等な立場で集い、利害関係を超えた対話を重ねる場。そこで得られる「経営の知恵」は、ビジネススクールや経営書からは決して学べないものです。
本稿では、ロータリークラブの具体的な活動事例をもとに、異業種交流コミュニティがなぜイノベーションを生み出すのか、その本質に迫りたいと思います。
多様性こそが資産 経済人だけではない「プロフェッショナル」との対話
経営者が集まる場は世の中に数多く存在します。商工会議所、業界団体、経営者協会——いずれも有意義な組織であることに疑いはありません。しかし、これらの場に共通するのは、参加者の多くが「経済人」であるという点です。経営課題を共有し、ビジネスの情報交換を行うには最適ですが、視野を広げるという意味では限界があります。
ロータリークラブの大きな特長は、会員の職業構成の多様性にあります。経済団体では経営者や企業人が中心となりますが、ロータリーには弁護士、会計士、医師といった専門職の会員も数多く在籍しています。製造業の経営者が医療現場の課題を知り、サービス業のオーナーが法律の専門家から社会制度の本質を学ぶ。こうした日常では起こりえない対話が、毎週の例会で自然に生まれています。
この多様性がもたらす価値は、単なる人脈形成にとどまりません。多くの会員が実感しているのは、多様な人々との交流を起点として、自分自身の価値観や人生観が更新されていくということです。経営者としての判断軸は、往々にして業界の常識や過去の成功体験に縛られがちです。異なる専門性を持つプロフェッショナルとの対話は、こうした固定観念を解きほぐし、より柔軟な思考をもたらす触媒となります。
フラットな関係性が育む人間力とリーダーシップ
ロータリークラブにおいて最も重要な原則の一つが、会員間の対等平等な関係性です。年齢、性別、業種、ロータリー歴に関わらず、すべての会員がフラットな立場で交流します。これは理想論ではなく、クラブ運営の根幹をなす実践的な規範です。
世の中にはどうしても上下関係を持ち込みたがる人がいるのも事実です。しかし、理想を諦めてしまえば、そこで終わりです。誰かがボスになるような世界とは無縁な場所であり続けること。利害関係を持ち込まないこと。これらの原則を守り続けることで、クラブは理想的なコミュニティとして機能しています。
ビジネスの世界では、肩書きや取引関係が人間関係を規定することが少なくありません。しかし、そうした外的な要素を取り払ったとき、残るのは純粋な「人間としての魅力」です。利害関係のない環境だからこそ、本当の意味でのリーダーシップが試され、磨かれるのです。
クラブ活動を続けていると、気が合う会員もいれば、そうでない会員もいることに気づきます。しかし、ここで大切なのは、自分の話を聞いてくれる会員に甘えるだけでなく、あえて苦手意識のある会員とも話をしてみることです。相手の話を聞くことで関心が生まれ、良い緊張感や優しさが芽生えます。結果としてクラブの雰囲気が変わり、自分自身の成長にもつながっていきます。
ロータリアンの間では、クラブを「人生の道場」と表現することがあります。本業で発揮するリーダーシップとは異なり、ここでは「自分で考えて答える」プロセスや、答えのない問いを考え続けることが求められます。マニュアル化された教育や効率重視のビジネスとは対照的に、自ら考え、行動し、多様な人と関わることで人間としての深みが生まれます。このプロセスこそが本物のリーダー育成につながるのです。
異分野との化学反応が生むイノベーション 具体的な活動事例
ロータリークラブの活動は、会員間の交流にとどまりません。行政、教育、芸術、スポーツなど、さまざまな分野との連携を通じて、企業単独では実現し得ないユニークなプロジェクトを数多く生み出してきました。ここでは、その具体的な事例を紹介します。
行政・教育との連携による地域貢献
前橋ロータリークラブでは、創立50周年記念事業の企画において、当初は総合体育祭のようなイベントを検討していました。しかし、会員の一人であるNHK前橋支局長の提案をきっかけに、方針を大きく転換することになります。教育委員会との連携により、「NHK全国学校音楽コンクール」に出場した市内およそ8,000人の小中学生の歌声を聴く会を開催したのです。
このイベントは大好評を博し、単発の記念行事ではなく、地域の子供たちの文化活動を支援する継続的な奉仕プロジェクトへと発展しました。会員の専門性と行政のネットワーク、そして教育現場のニーズが結びついた好例です。
食文化とビジネスの融合
アメリカ・フロリダ州のクラブでは、著名なシェフの支援を受けて、子ども向けの絵本『Festivals at the Bungalow』を制作するプロジェクトが実現しました。アメリカとインドのロータリアン、そして協賛企業から資金を集めて製本し、無料配布を行いました。さらに、シェフとともにナスダック証券取引所で閉会の鐘を鳴らすイベントを開催し、出版を祝いました。料理、出版、金融という異なる分野を巻き込んだこの活動は、クラブの枠を超えた化学反応の好例といえます。
スポーツを通じた社会参加
徳山ローターアクトクラブでは、地元高校出身のフェンシング選手の名を冠した大会にボランティアとして参加しています。車いすの固定作業を担当するなど、普段の生活では体験できないパラスポーツの現場に関わることで、会員たちは迫力ある試合を間近で体感し、かけがえのない経験を得ています。
これらの事例に共通するのは、会員個人の専門性や人脈が、クラブという器を通じて増幅され、社会的インパクトを持つプロジェクトへと昇華している点です。異業種が集まるからこそ生まれる発想と、利害を超えた協力関係があってこそ実現できる取り組みです。
経営のヒントは「本業の外」にある
ロータリアンの多くは、本業において責任ある立場にある経営者やプロフェッショナルです。日々の業務に追われる中で、なぜあえて時間を割いてクラブ活動に参加するのでしょうか。その答えは、本稿で述べてきた「本業の外」にある学びの価値に集約されます。
多様な職業人との対話は、自身の価値観をアップデートする機会となります。利害関係のないフラットな環境は、肩書きに頼らない人間力を磨く場となります。そして、異分野との連携は、一企業では実現できないイノベーションを生み出します。
会社という枠組みを離れ、「人生の道場」としてのコミュニティに身を置くこと。それは一見、本業とは無関係に思えるかもしれません。しかし、そこで培われた人間としての深み、多角的な視点、そしてリーダーとしての器は、必ず本業の経営判断やマネジメントに還元されます。
経営の知恵は、会議室の中だけでは生まれません。利害関係を超えた異業種交流の場にこそ、次のイノベーションの種が眠っているのです。
