コラム

124工程の分業が生む圧倒的品質 輪島塗に見る「高付加価値ブランド」の持続モデル

効率化の対極にある「124の工程」

現代のビジネスが効率とスピードを追求する中、石川県の伝統工芸「輪島塗」は、完成までに124もの工程を要します。この気の遠くなるようなプロセスこそが、他産地には模倣できない圧倒的な品質とブランド価値の源泉となっています。

輪島塗の特徴は、一人の職人が全工程を担うのではなく、木地づくりから加飾まで、一つひとつの工程に専門のプロ職人が存在する「完全分業制」にあります。多くの職人の手を経ることで、極めて品質の高い漆器が完成する仕組みが構築されているのです。

独自の素材と「本堅地」技法による差別化

輪島塗は「堅牢優美(丈夫で美しい)」と称されます。その技術的な裏付けを見ていきましょう。

木地にはケヤキやヒノキなどの天然木が使用され、木地師がカンナやノミで丁寧に形作ります。輪島塗の最大の特徴は、弱い部分に布を張って補強する「布着せ」と、輪島特産の「地の粉(珪藻土)」を漆に混ぜて下地を塗る「本堅地(ほんかたじ)」技法にあります。

地域特有の素材を活かしたこの下地づくりが、実用品としての高い耐久性を担保しています。その後、研ぎと塗りを繰り返し、精製漆で平滑な表面に仕上げられます。見た目の美しさだけでなく、機能性(強さ)を追求したプロダクトデザインの原点がここにあります。

エコシステムを統括する「塗師屋」のプロデュース力

124の工程と多数の職人を、いったい誰がまとめているのでしょうか。その答えが「塗師屋(ぬしや)」の存在です。

塗師屋は単なる販売者ではありません。商品コンセプトの企画から、職人の選定、製造管理、販売までを一貫して行う「総合プロデューサー」としての役割を担っています。木地師、下地・上塗・呂色師、加飾(沈金師・蒔絵師)といった各工程の職人たちを束ね、顧客の元へ商品を届けるのです。

この機能は、現代のプロジェクトマネージャーやブランドマネージャーに通じるものがあります。高度に専門分化した組織を統括し、一つの製品として完成させるリーダーシップ。伝統工芸の世界に、現代的なマネジメントの原型を見ることができます。

江戸時代の金融イノベーション「割賦販売」という発明

高価な輪島塗を、どのようにして全国に普及させたのでしょうか。そのマーケティング手法にも注目すべき点があります。

江戸時代、塗師屋は陸路で日本中に行商に出かけました。その際、高価な輪島塗を多くの人に購入してもらうため、「割賦払い(分割払い)」のような販売システムを独自に構築したのです。これは、現代のショッピングローンにあたる仕組みといえます。

顧客の支払い能力に配慮しつつ、高付加価値商品を販売する金融システムを自ら生み出した商売人としての力技。この革新的な販売手法もあり、輪島塗は一気に全国区のブランドへと成長しました。

震災からの復興と次世代への継承

輪島塗には二つの顔があります。一つは古くから続く日用品としての側面、もう一つは昭和初期に名工たちによって編み出された超絶技巧(沈金や蒔絵などの加飾)による美術品としての側面です。

2024年の能登半島地震は、輪島塗の産地に甚大な被害をもたらしました。しかし職人たちは、伝統を絶やさないという強い決意のもと、復興に取り組んでいます。

昔ながらの製法を守りながら、新たな技術への挑戦や海外市場への開拓も進めています。「実用食器」と「美術品」という二つの側面を両輪として、現代のライフスタイルに合わせた展開を模索しているのです。この美しき漆文化を次世代に継承していくこと。それが、今を生きる職人たちの使命となっています。