コラム

温泉街の小水力発電とEVバスが描くエコリゾート戦略

黒部峡谷に芽吹く「日本版ツェルマット」構想

富山県黒部市に位置する宇奈月温泉は、黒部峡谷の玄関口として多くの観光客を迎え入れてきた歴史ある温泉地です。しかし近年、この温泉街では従来の観光地としての在り方を見直し、新たな姿へと変貌を遂げようとする動きが活発化しています。

そのモデルとなっているのが、スイスの山岳リゾート「ツェルマット」です。マッターホルンの麓に広がるこの町は、ガソリン車の乗り入れを規制し、電気自動車や馬車のみが走る環境配慮型リゾートとして世界的に知られています。宇奈月温泉もまた、この先進的な取り組みに倣い、環境保全と観光振興を両立させた「日本版ツェルマット」を目指しているのです。

この構想を推進しているのが、一般社団法人「でんき宇奈月」です。地元の大高建設株式会社の大橋聡司社長をはじめ、富山国際大学の上坂博亨教授ら、地域の産学が連携して立ち上げた団体であり、大橋社長は宇奈月ロータリークラブの会員でもあります。ロータリアンとしての地域貢献の精神が、この革新的なプロジェクトの原動力の一つとなっているといえるでしょう。

エネルギーの地産地消を実現する仕組み

「でんき宇奈月」が掲げる戦略の柱は、エネルギーの地産地消と環境に優しいモビリティの導入です。その象徴的な存在が、低速電動バス「EMU(エミュー)」と小水力発電所「でんきウォー太郎1号」の組み合わせです。

EMUは時速20km未満で温泉街の路地を縫うように走る10人乗りの電動バスで、土日祝日に無料で運行されています。観光客にとっては温泉街を周遊する便利な足となり、同時に排気ガスを出さないことで環境負荷の低減にも貢献しています。ゆったりとした速度で走るEMUに乗れば、車窓から眺める温泉街の風情をじっくりと楽しむことができます。

このEVバスの動力を支えているのが、温泉街の裏手に設置された小水力発電所「でんきウォー太郎1号」です。発電に使用しているのは、防火用水として常に流れている水です。毎秒1トンの水量と、わずか1.6メートルの落差を利用して発電する仕組みで、ベトナム製の発電機が採用されています。この発電所が生み出す電力は、民家4世帯分に相当し、公共施設の電灯やEVバスの充電に活用されています。バスの屋根には太陽光パネルも設置されており、複数の再生可能エネルギーを組み合わせた「エネルギーの地産地消」が実践されているのです。

構想を支える「縁の下のととのえ人」町野美香氏

この壮大な構想を実務面で支えているのが、「でんき宇奈月」の専務理事を務める町野美香氏です。富山市生まれの町野氏は、富山大学工学部電気工学科を卒業後、電気関係の会社に勤務した理系出身の実務家です。

結婚や転勤を経て富山に帰郷した町野氏は、従姉妹の死をきっかけに「自分のやりたいことを精一杯やろう」と決意しました。その後、公益財団法人とやま環境財団に勤務し、環境イベントやSDGsの普及活動に従事する中で、自身の専門分野を見出していきます。現在は「持続可能な社会づくり」を掲げる株式会社りとの代表取締役として、イベント運営やファシリテーター派遣を手がけています。

町野氏の強みは、行政、企業、大学といった異なるセクターをつなぎ、構想を具体的な形に落とし込む「ファシリテーター」としての手腕にあります。富山国際大学の上坂教授から大橋社長を紹介されたことをきっかけに「でんき宇奈月」に参画し、EVバスの運行や発電所の設置といった実務を一手に担ってきました。

射水市での多文化共生イベント「LINK PARK」の運営や、能登半島地震・豪雨の復興支援としての奨学金制度の運営など、町野氏の活動は多岐にわたります。「天命に生きる」という言葉を胸に、地域課題の解決に奔走するその姿は、まさに「縁の下のととのえ人」と呼ぶにふさわしいものです。

持続可能な温泉街への第一歩

現時点では、小水力発電所の規模は民家数世帯分の電力を賄う程度であり、温泉街全体のエネルギーを自給するには至っていません。しかし、この「小さな一歩」こそが、環境配慮型リゾートとしてのブランドを構築するうえで重要な意味を持っています。

実際に再生可能エネルギーで走るEVバスに乗り、その電力が地元の水で発電されていることを知れば、訪れた観光客は宇奈月温泉に対して特別な印象を抱くことでしょう。こうした体験の積み重ねが、他の温泉地との差別化につながり、環境意識の高い旅行者を惹きつける力となります。

能登半島地震をはじめとする災害からの復興支援とも並走しながら、宇奈月温泉はSDGs(持続可能な開発目標)を体現する温泉街として、着実に歩みを進めています。ロータリークラブの会員が中心となって立ち上げたこのプロジェクトは、地域貢献と環境保全を両立させた先進的な取り組みとして、今後さらなる発展が期待されます。