コラム

呉市発・減塩ムーブメントに見る社会実装のヒント

医療現場の限界から生まれた「街に出る」発想

社会課題の解決は、現場の最前線に立つ専門家が「これまでのやり方では届かない」と気づくところから始まります。

呉市で開業医を務める日下美穂氏(呉ロータリークラブ・日下医院院長)は、日本人の死亡リスクの1位が高血圧であり、その最大の原因が塩分の過剰摂取にあることを長年懸念してきました。医学界では減塩の重要性が繰り返し説かれてきましたが、診察室で「塩分を控えてください」と伝えるだけでは、患者は具体的に何をどう変えればよいのかがわかりません。知識の伝達だけでは行動変容につながらないという壁に、日下氏は日々直面していたのです。

そこで日下氏がたどり着いた答えは、「おいしい減塩料理を実際に体験してもらう」という発想でした。診察室の中で完結するのではなく、街へ出て、食の現場そのものを変える。2008年、飲食店と連携した「こだわりのヘルシーグルメダイエットレストラン」プロジェクトが産声を上げました。

この取り組みは、やがて学校給食や行政の制度、さらには国際舞台にまで広がっていくことになります。本記事では、日下氏の約18年にわたる活動の軌跡をたどりながら、社会課題を本当の意味で解決に導くためのヒントを探ります。

「共感」と「メリット」で協力者を増やす

新しい価値観を社会に浸透させようとするとき、既存の常識との摩擦は避けられません。飲食業界において「料理は塩が命」という考え方は根強く、プロジェクト開始当初、飲食店側から難色を示されることも少なくありませんでした。

しかし日下氏は、正論で押し通すのではなく、地道な関係構築から始めました。まずは自身の行きつけの店に声をかけ、趣旨を丁寧に説明して協力を取りつけます。また、地元の勉強会で参加店に仕出しを依頼することで、減塩メニューの提供がビジネスとしても成り立つことを示しました。「共感」だけでなく「メリット」を実感してもらう。この両輪が、協力者を増やすうえで重要な役割を果たしたのです。

もうひとつの鍵は、味への妥協を一切しなかったことです。単に塩を減らすだけでは、当然おいしくありません。日下氏は管理栄養士と協力し、だしのうま味、酸味、焼き目の香ばしさなど、塩以外の要素で満足感を高める工夫を重ねました。「減塩=我慢」ではなく、「減塩=新しいおいしさの発見」へと価値を転換させたのです。

この姿勢が飲食店側の意識を変えました。やがて参加店自身が独自に研究を重ね、より質の高い減塩メニューを提供するようになります。お好み焼きからフレンチまで、ジャンルを超えた30店舗以上が参加する規模にまで成長しました。

「子供」を起点に多世代と行政を巻き込む

飲食店との連携で手応えをつかんだ日下氏が次に打った一手は、活動を「点」から「面」へと広げることでした。そのターニングポイントとなったのが、2012年に呉市で開催された世界初の「減塩サミット」です。

このイベントで日下氏が採用したのは、大人に直接訴えかけるのではなく、子供を巻き込むという戦略でした。子供たちが減塩の体験コーナーに参加したりポスター発表を行ったりすれば、自然と親や祖父母、学校関係者が会場へ足を運びます。子供を起点にすることで、結果的に多世代を巻き込むことに成功したのです。減塩サミットには2日間で約8,000人が参加し、大きな反響を呼びました。

このイベントをきっかけに、活動は個人の取り組みを超えて、制度そのものを動かす力を持つようになります。呉市内の全小学校(現在は中学校にも拡大)で給食の減塩化がスタートし、市の特定健診には食塩摂取量の測定項目が新たに追加されました。ひとりの医師が始めた草の根の活動が、行政の仕組みを変える成果につながったのです。

組織の枠を超え、機会を逃さず発信する

地域で培った実績を、より広いネットワークや国際的な舞台と掛け合わせることで、活動の信頼性と認知度はさらに高まります。日下氏の活動が飛躍したもうひとつの要因は、ロータリークラブとのつながりでした。

日下氏は呉ロータリークラブに入会後、社会奉仕委員長として会員が出演する啓発動画を制作したり、例会で減塩メニュー「ナトカリランチ」を提供したりと、異業種の経営者が集まるクラブの場でも積極的に活動を展開しました。医療という専門分野の枠を超え、多様な業種のロータリアンとの接点を持つことで、減塩の意義がより幅広い層に伝わっていきます。

その象徴的な出来事が、2023年のG7広島サミットでの一幕です。ロータリークラブの女性会員グループからの提案がきっかけとなり、各国首脳の配偶者が参加するパートナーズ・プログラムの会食で「減塩・うま味食」が提供されることになりました。食事の席では、当時の岸田首相夫人が減塩について話題にする場面もあったといいます。地域で地道に積み上げてきた取り組みが、ロータリーのネットワークを通じて国際的な舞台での発信へとつながった瞬間でした。

「楽しむ」姿勢が継続と拡大の鍵

社会課題の解決には長い時間がかかります。どれほど優れたアイデアも、続けられなければ社会に根づくことはありません。日下氏の活動が18年にわたって拡大し続けている背景には、リーダー自身が活動を楽しんでいるという事実があります。

当初、日下氏は減塩サミットが終われば一区切りつけるつもりでした。しかし、全国から講演依頼が寄せられるようになり、応えるうちに活動は自然と継続していきました。今では「趣味のような感覚」で楽しんでいると語ります。

その姿勢の根底にあるのは、「やりたいことは何でもやりなさい」という母の教えだといいます。誰の真似でもないオリジナルのスタイルを貫きながら、義務感ではなく好奇心と楽しさを原動力にして走り続ける。この「頑張りすぎない」持続可能なリーダーシップのあり方こそ、長期にわたる社会実装を支える土台なのかもしれません。

「日本人が昔は塩をいっぱい食べていたなんて驚きだね」。日下氏が思い描くそんな未来は、ひとりの医師の小さな一歩から、着実に近づいています。