震災から生まれた福祉施設と「ノーマライゼーション」への挑戦
神戸市にある「オリンピア兵庫」は、認知症の高齢者が暮らすグループホームやショートステイ、デイサービス、訪問介護を提供する小規模多機能型の福祉施設です。この施設を率いるのは、社会福祉法人光朔会の常務理事を務める館長の山口宰(ツカサ)さん(神戸西ロータリークラブ所属)です。
光朔会の原点は、1995年の阪神・淡路大震災にさかのぼります。山口さんの曾祖父が創設した「オリンピア幼稚園」が震災で倒壊し、閉園を余儀なくされました。その後、被災して身寄りのない高齢者が多いという地域の切実な声に応えるかたちで、幼稚園の跡地に特別養護老人ホームが建設され、社会福祉法人へと転換したのです。
もともと歴史学者を目指していた山口さんは、この出来事を機に「人の役に立ちたい」と福祉の道を志しました。大学で福祉を学んだのち、スウェーデンに留学して最先端の福祉に触れ、帰国後わずか24歳でオリンピア兵庫を立ち上げます。「機能を組み合わせることで、顔なじみのいる住み慣れた町で高齢者が暮らし続けることができます。ここでみとりもします。全ての人が、その人らしく普通の暮らしを全うする。そんなノーマライゼーションを実現したい」。山口さんのこの言葉には、震災から受け継がれた使命感がにじんでいます。
制服の廃止と夢の実現が支える「オーダーメイドの介護」
オリンピア兵庫では、決まったプログラムに沿って一斉に行動する従来型の介護とは一線を画しています。入居者一人ひとりのペースに合わせたスケジュールや食事を提供し、きめ細かいケアを日々実践しているのです。
象徴的なのが、スタッフの制服を廃止している点です。普段着で勤務することで施設内にアットホームな雰囲気が生まれ、入居者がより自然体で過ごせる環境が整えられています。
こうした「オーダーメイドの介護」は、日常の小さな要望にも丁寧に応えることを大切にしています。「行きつけの美容院に行きたい」といった声に応えるのはもちろん、ときには大きな夢の実現にも施設を挙げて取り組みます。実際に、86歳の女性入居者が「推しのサッカー選手に会いに鹿児島へ行きたい」と願った際には、クラウドファンディングで寄付を募り、元ヴィッセル神戸の藤本憲明選手のもとを訪ねる旅を実現させました。個人の尊厳を守り、その人らしい暮らしを最後まで支える。オリンピア兵庫の介護を貫く信念です。
手厚いケアを裏支えする「生成AI」と生産性の向上
一見すると、オーダーメイドの介護は手間暇がかかりすぎるように思えるかもしれません。しかし、それを可能にしているのが、生産性向上への徹底した取り組みです。
山口さんは介護現場の非効率さをこう指摘しています。「勤務のシフト作り一つを取っても介護の現場はいまだ非効率。無駄が多く、携わる人たちの能力を引き出せていない。生産性を高めれば本来の介護の質はもっと高められます」。
この課題を解決するため、山口さん自身がメーカーと共同で「生成AIを使った介護現場のシフト作り」のシステムを開発しました。AIがスタッフの資格や経験、勤務条件などを考慮して最適なシフトを自動で作成することで、管理業務にかかる時間が大幅に削減されます。その分、スタッフは入居者一人ひとりと向き合う時間を確保でき、オーダーメイドの介護がより充実したものとなるのです。
さらに山口さんは、このシステムの普及を目指してセミナーも開催し、介護現場全体の変革を牽引しています。テクノロジーの活用は、介護の温かみを奪うものではなく、むしろそれを支え、高めるものであるということを、オリンピア兵庫は身をもって示しています。
受け継がれる奉仕の精神と次世代福祉の未来
オリンピア兵庫の根底には、地域社会で長年培われてきた「社会奉仕の精神」が脈々と受け継がれています。施設の柱には「神の栄光と子供らの希望の為」「神の栄光と高齢者の福祉の為に」という銘板が掲げられており、幼稚園時代から続く理念が今も息づいていることがわかります。
山口さんはロータリークラブの活動にも積極的に参加しています。ロータリアンとして地域社会への奉仕を続け、約600人が参加する発達障害理解のための講座を主導するなど、福祉施設の枠を超えた活動を展開しています。こうしたクラブでの取り組みは、施設運営の理念とも深くつながるものです。
最新技術である生成AIによる生産性の向上と、一人ひとりに寄り添う温かい個別ケア。一見すると相反するように映るこの二つを高い次元で融合させているオリンピア兵庫の実践は、日本の将来にとっても大きな示唆を与えてくれます。人に寄り添いながらも変革を恐れない。その姿勢が、これからの福祉の形を力強く照らしています。
