コラム

サプライチェーンの透明化と企業倫理〜「ブラックサンダー」有楽製菓の決断〜

有楽製菓は、関東と関西の中間に位置する豊橋に工場を構え、もともとは駄菓子屋向けのチョコレート製造を主力としていました。やがて、コンビニエンスストアでのPOSシステムの普及や、体操の内村航平選手がメディアで「ブラックサンダーが好きだ」と語ったことなどが起爆剤となり、看板商品である「ブラックサンダー」は全国的な大ヒットを記録します。

事業の拡大に伴い、老朽化した工場に代わる新工場を建設したとき、当時社長を務めていた河合伴治氏は、ある思いを強くしました。会社の成功は決して自分たちの力だけによるものではなく、商品を支持してくれる顧客、現場を担う従業員、そして地域社会の協力があってこそ実現したものだという実感です。河合氏はこの感謝を出発点として、利益の追求にとどまらず、自分たちにできる社会貢献活動を始めていこうと決意しました。

「作る人」の犠牲という見落としていた現実

有楽製菓は「夢のあるお菓子を通じて、有楽製菓に関わるあらゆる人々を笑顔にする」というビジョンを掲げていました。ところが十数年前、商工会議所での講話をきっかけに、河合氏はこの理念を根底から問い直すことになります。

それは、チョコレートの原料であるカカオ豆の生産現場に関する事実でした。アフリカやアジアの途上国にあるカカオ農園では、学校にも通えないまま働かされている児童労働者が世界で約1億6000万人、子どもの10人に1人にのぼるという過酷な現実があったのです。河合氏はこのとき初めて、自社の言う「あらゆる人」が、実際には「食べる人」の笑顔しか指しておらず、原料を「作る人」である子どもたちの苦しみを見落としていた事実に気づかされました。掲げてきた理念と現実との隔たりに、強いショックと深い反省を抱いたのです。

取引先を変える覚悟と苦難の調達交渉

気づきは、行動へとつながりました。児童労働に関わらない原材料を使うため、有楽製菓はまず、長年取引を続けてきた日本の大手メーカーに対し、児童労働の関わっていないチョコレート生地を供給してほしいと要請します。

しかし返ってきたのは、冷ややかな対応でした。「そんなことをしても児童労働はなくならない」とむげに断られ、社長へ直談判を重ねても相手にされません。日本のメーカーの反応の鈍さに直面した有楽製菓は、当時すでに日本で販売を始めていたスイスのチョコレート生地メーカーへ相談を持ちかけました。すると、対応可能だという前向きな返答を得られたのです。

有楽製菓は、長年築いてきた取引関係を断ち切る覚悟で、調達先をスイスのメーカーへ切り替えました。なお、危機感を抱いた日本のメーカーが実際に同等の供給を行えるようになるまでには、そこからさらに3年の歳月を要したといいます。理念を貫くための決断が、業界をわずかながら動かす一歩となりました。

損得を超えて選んだ正しい道

児童労働に配慮した原料調達は、調達の難易度を上げ、コストの増加も避けられません。そのため社内の担当者からは「絶対に続かないからやめてほしい」と猛反対を受けました。

それでも河合氏は、世の中がコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスといった損得勘定ばかりで動いていることに疑問を投げかけます。そして「あらゆる人を笑顔にする」という信念のもと、安易な道に流されず、自分たちが正しいと確信する道を選び取りました。

現在、「ブラックサンダー」を含む同社のチョコレートは、100%児童労働に配慮された原料を使用しています。さらにパッケージの裏面には「セイム・ハッピー・フォー・チルドレン」という自社のロゴと、取り組みを説明する特設サイトへの二次元コードを掲載しました。無駄だと言われながらも、消費者への啓発を粛々と続けているのです。効率や利益を最優先しがちな時代だからこそ、企業が何を大切にすべきかを、この姿勢は静かに問いかけています。

すべての人の笑顔へ向けた次の一歩

途上国における児童労働問題の解決や学校教育の支援を進める一方で、河合氏の視線は日本国内の課題にも向けられています。

日本には学校へ通えない不登校の子どもたちが何万人も存在し、自殺者の数も少なくありません。河合氏は、単に労働をなくして学校へ行けるようにすることが、子どもたちにとって本当の幸せに結びつくのかという本質的な問いと向き合っています。今後は、日本国内の子どもたちが抱える悩みや不登校といった問題にも、正面から取り組んでいきたいと語ります。

作る人も、買う人も、食べる人も、関わるすべての人々が本当の意味で笑顔になれる企業へ。有楽製菓の挑戦は、サプライチェーンの透明化と企業倫理が決して理想論にとどまらないことを、一粒のチョコレートを通じて示し続けています。