コラム

「社員は家族」を貫く採用戦略 1人最大140時間をかけるゼネコン社長が語る、早期離職を防ぐ「ひとづくり」

建設業界は長年、「人が採れない」「採ってもすぐに辞めてしまう」という人手不足の問題に直面してきました。若手の確保と定着は、多くの経営者にとって頭を悩ませ続けるテーマです。そうした厳しい環境のなかで、社員数を10年でほぼ倍増させ、外部機関からも「働きがいのある会社」として高く評価される企業があります。1947年創業の中堅ゼネコン、三和建設株式会社(本社・大阪市淀川区)です。

同社は食品工場や特殊な物流倉庫、社員寮などに特化した設計施工一貫体制を強みとしています。2016年に106人だった社員数は、10年後の2026年6月時点で211人へとほぼ倍増しました。さらに、日本における「働きがいのある会社」ランキングに2015年から2021年まで7年連続でランクインし、2017年には「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査委員会特別賞を受賞するなど、社内外から極めて高い評価を得ています。その原動力となっているのが、4代目社長・森本尚孝氏が掲げる「つくるひとをつくる」という経営理念です。社員から親しみを込めて「ひさのりさん」と呼ばれる森本社長(大阪北ロータリークラブ所属)の考え方を、採用、定着、そして経営者自身の原体験という3つの視点からたどっていきます。

1人最大140時間を投じる採用への熱量

三和建設の新卒採用は、効率化や高速化が語られる昨今の潮流とはまったく逆を行きます。選考時に応募者一人あたりへ費やす時間は、最大で140時間にのぼります。選考プロセスは5段階に分かれ、そのなかには泊まりがけの合宿でのワークショップなども含まれています。

さらに特徴的なのは、選考の段階で候補者全員に社員のメンター、いわば相談役を付ける点です。候補者は会社や仕事について深く理解したうえで、納得して入社を決められます。入り口の時点で相互理解を徹底することが、その後の定着につながっていきます。

森本社長は、採用にこれほどの熱量を注ぐ理由をこう語ります。「全力で向き合って受け入れた相手は、そう簡単に辞めない」。そして、その根底にあるのが家族という感覚です。「社員は家族だと思っている。家族は何があっても取り替えが利かず、お互いに支え合っていくしかない。そう思えるくらいに、採用のプロセスにエネルギーをかけている」。採用を単なる人材の選別ではなく、生涯にわたって支え合う関係の始まりととらえる覚悟が、140時間という数字の背景にあります。

孤独を防ぐ「ひとづくり寮」と全世代を支える仕組み

手厚い採用で迎え入れた新入社員を、入社直後の孤独や不安から守る仕組みも整えられています。三和建設に採用された新入社員は全員、自社で設計・建築した「ひとづくり寮」で1年間の共同生活を送ります。この寮は、自由だった学生時代から、制約と責任が重なる社会人生活へとスムーズに移行するための橋渡しの場所として設計されました。同期とのつながりや会社との関わりを深めることで、新入社員が孤独や不安から早期に離職してしまうことを防ぐ狙いがあります。

その設計思想を、森本社長は次のように説明します。「分からないことだらけの新入社員が求めているのは、答えではなく、そのような自分への共感だ」。実際にこの寮で暮らした入社2年目の徳田ひなた氏は、当時をこう振り返ります。「仕事から帰って同期みんなでご飯を作り、ジグソーパズルをしながら仕事の相談に乗ってもらった。しんどい時に気軽に相談できる相手ができて、ありがたかった」。答えを与えるのではなく、不安に寄り添う場をつくるという発想が、若手の定着を支えています。

注目すべきは、同社がこの寮運営の成功実績を新たな事業へと昇華させている点です。培ったノウハウを活かし、他社に社員寮の建設を提案する新しい営業戦略もスタートさせました。自社の課題解決から生まれた仕組みが、そのまま商品として外部へ広がっているのです。

こうした手厚いケアは、若手だけにとどまりません。社員が講師となって仕事のノウハウを座学で教え合う「SANWAアカデミー」、業務外の病気やケガでも最大60日間の有給休暇を付与する制度、社員が無料で利用できる社内保育園「りんごぐみ」など、全世代の社員を支えるセーフティネットが徹底されています。社員を大切にして成長を促す仕組みが、会社全体に張りめぐらされています。

危機の時代に見出した「ひと」という資産

これほどまでに「ひと」を中心に据える経営は、森本社長自身の原体験から生まれています。大阪大学工学部で構造力学を学び、大学院修了後に大手ゼネコンの鹿島建設株式会社へ入社しました。施工管理として全国を転勤し、怒られながらも、仕事に対する向き合い方や価値観の基礎を培っていきます。

転機は入社5年目、30歳の時でした。三和建設の経営状況が悪化しているという情報を弟から得て退職し、自社へ入社します。当時は長引く不況の真っ只中でした。ある現場で全面的な造り直しが発生して大赤字となり、資金繰りに奔走しながら「会社がつぶれるかもしれない」という極限の恐怖を味わいます。この苦難を社員や協力会社とともに必死に切り抜けた経験から、2013年に「つくるひとをつくる」という経営理念を確立しました。

「厳しい時代に多くの資産を失ったが、最後に残ったのは社員、お客様、協力会社といった顔の見える『ひと』だった。本当の意味での資産である『ひと』にフォーカスした経営にしようと考えた」。森本社長はそう語ります。危機のなかで何が残り、何が支えになったのかという実感が、理念の土台になっています。

森本社長は、自身を「リーダータイプではなくサポートタイプ」と分析しています。その言葉どおり、毎月誕生日を迎える社員一人ひとりに個別のメールを送り、夕食を共にする誕生日会を開催し、さらに社員の配偶者の誕生日には花を贈るなど、極めて細やかな気配りを実践しています。トップが前に立って引っ張るのではなく、一人ひとりを後ろから支える姿勢が、組織の空気をつくっています。

「ホワイト」でも「ブラック」でもない、家族としての厳しさ

これだけ社員を大切にすると、「ホワイト企業」という言葉で語られがちです。しかし森本社長は、その表現をきっぱりと否定します。「ブラックやホワイトという分類には意味がない」。表面的なラベルは、同社の本質を何も言い当てていないという考えです。

同社の家族主義は、社員をただ甘やかすことではありません。「自分の子どもを甘やかして、将来一人で生きていけないのでは意味がない。あくまでも社員の成長と活躍が第一であり、会社がそれをいかに支援するかを考えている」。守り、支えると同時に、一人で立てる人材へと育てるという、親心にも似た厳しさがそこにあります。手厚い採用も、共同生活の寮も、全世代へのセーフティネットも、すべては甘やかしではなく自立と成長への支援として設計されているのです。

そのうえで森本社長は、時代の空気に流されない姿勢を明確にします。「今のトレンドや時代がどうこうということには興味がなく、会社の意思決定にも影響しない。これからも、われւれだからこそやっているというオリジナリティーを出していくことが大切だ」。

人手不足に悩む企業ほど、流行の制度や採用手法に目が向きがちです。しかし三和建設の歩みが示しているのは、時代のトレンドを追うことではなく、自社ならではの信念を「ひと」を中心に据えて貫くことが、結果として人が集まる強固な組織をつくるという事実です。何を大切にするのかを自ら定め、そこにエネルギーを注ぎ続けること。そこに、早期離職という難題への一つの答えがあるように思われます。