例会情報

第1480回(25年度12回、令和7年10月1日(水))例会

【要約】

令和7年10月1日に開催された第1480回例会では、米山記念奨学事業について深く学ぶ機会となりました。角谷真枝委員長によるスピーチでは、1952年に東京ロータリークラブが提唱した「米山基金」の成り立ちから、日本独自の国際奉仕事業として発展してきた歴史が紹介されました。現在までに24,000人以上の外国人留学生を支援し、134カ国・地域に及ぶ民間最大規模の国際奨学事業となっています。

【詳細報告】

■会長の時間

澤田会長は、米山記念奨学金の成り立ちについて説明しました。この制度は、東京ロータリークラブの初代会長である米山梅吉氏自身が創設したものではなく、米山氏が亡くなられた6年後の昭和27年に、当時の東京RC会長である古沢丈作氏が米山基金創設を提案したものです。

米山氏は生前、東南アジアに高い関心を持ち、アジア諸国から日本に留学生を招こうとしていました。この想いが基金設立の目的となり、留学生第1号はタイから、2号と3号はインドから受け入れられました。昭和32年にロータリー米山奨学金が成立し、8名のアジアからの留学生を支援しました。その後、昭和42年に財団法人となり、平成24年には公益財団法人に移行しています。

現在までに24,830人以上の留学生を支援しており、支援対象は中国・韓国・台湾・南北アメリカ・ヨーロッパ・アフリカ・オセアニアなど134カ国と地域に及びます。米山記念奨学会は世話クラブとカウンセラー制度がしっかりと機能しており、日本が世界に誇れるロータリー活動です。澤田会長は、私たち日本のロータリアンがこの事業にもっと関心を持つよう呼びかけました。

■米山奨学フォーラムのスピーチ

角谷真枝委員長から、米山奨学会事業について詳細な説明がありました。

この事業は日本のロータリー全地区による日本独自の国際奉仕事業であり、1952年(昭和27年)に東京ロータリークラブが提案して発足しました。事業の使命は、日本で学ぶ外国人留学生に奨学金を支給し支援することにより、将来国際社会で活躍しロータリーの目指す「平和と国際理解の推進」する人材を育成することです。

民間最大規模の国際奨学事業として、年間約900人の奨学生を受け入れており、2024年7月現在の累計では24,133人になります。奨学期間を終了した元奨学生達は米山学友会(元奨学生の同窓会組織)をつくり、世界各地で活躍しています。中にはロータリアンやガバナーになった方もいます。

米山梅吉氏の足跡について、角谷委員長は詳しく紹介しました。米山氏は1868年(明治元年)に上級武士の和田家に生まれ、4歳で父を亡くし、19歳で渡米して8年間の留学期間を過ごしました。帰国後は三井銀行に入行し、39歳で大阪支店長に就任しました。

1918年、50歳の時に日本帝国政府調査団の一員としてアメリカを視察中、ダラスロータリークラブの会員である福島喜三次氏を訪問しました。そして1920年(52歳)に日本初のロータリークラブである東京RCを設立し、初代会長に就任しました。その後、RIからスペシャルコミッショナーに任命され、アジア初のRI理事、第70地区ガバナーなどを歴任しました。

晩年は三井報恩会理事長として社会・医療・文化事業を支援したり、私財を投じて緑岡小学校と緑岡幼稚園を設立し、教育にも献身しました。仕事を通じて、あるいは個人として人に喜んでもらうために何をなすべきか、社会に役立つことは何かをいつも考え、地位や名声のためでなく、自分の価値観にしたがって行動した人でした。

しかし、1940年に戦争によって日本のロータリーは解散に追い込まれ、米山氏は失意のうちに1946年に亡くなりました。戦後1949年(昭和24年)に日本のロータリーが国際ロータリーに復帰し、1952年(昭和27年)に東京ロータリークラブが、戦後のロータリアン達の「二度と戦争の悲劇をくりかえさないために”平和日本”を世界に伝え、国際親善と世界平和に寄与したい」という強い願いとして「米山基金」を発表しました。

寄付については、寄付金控除の対象となっています。普通寄付は事業の安定財源として各クラブが決定した金額を納入するもので、茨木西RCは会員1人あたり5,000円(全国平均4,909円)です。特別寄付は個人・法人・クラブからの任意寄付で、金額に決まりはなく、ロータリアン以外からも受け入れています。茨木西RCは会員1人あたり10,000円(全国平均12,384円)となっています。

当クラブの米山記念奨学生受け入れ実績として、1998年から2015年までに、タイ・韓国・中国から計6名の奨学生を受け入れてきたことが紹介されました。