【要約】
第1521回例会では、2025-26年度の青少年交換派遣生としてアメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで1年間を過ごした別處了輔さんをお迎えし、帰国報告のスピーチをしていただきました。黒根会長は9月の「ロータリーの友月間」にちなみ、日本独自の機関紙『ロータリーの友』の歴史と世界の機関紙を紹介しました。幹事報告では、ぶどう収穫祭に招待した救世軍希望館の子どもたちからお礼状が届いたことが報告されました。
【詳細報告】
■会長の時間
黒根会長は、9月が「ロータリーの友月間」と「基本的教育と識字率向上月間」であることを紹介しました。ロータリーには毎月テーマが設けられており、会員の手元に届いた『ロータリーの友』9月号でも、ロータリーの友月間の特集が組まれています。
ロータリーの友月間は日本独自の月間で、『ロータリーの友』自体も日本だけの機関紙です。ただし、このようなロータリーの機関紙は全世界に30誌以上あります。日本の『ロータリーの友』は1953年の創刊ですが、ブラジルの機関紙は1924年、エジプトの機関紙は1929年に創刊されており、日本よりかなり早くから発行されています。本家である国際ロータリー(RI)総本部の機関紙は1911年の創刊です。
『ロータリーの友』という名前は、雑誌『主婦の友』をヒントにしたという説があるそうです。バックナンバーは「ロータリーの友」のホームページで創刊号からすべて閲覧でき、黒根会長は会員に創刊号を一度見てみるよう呼びかけました。
■25-26年度青少年交換派遣生 別處了輔さんの帰国報告スピーチ
別處了輔さんは、国際ロータリー第2660地区と茨木西ロータリークラブの支援を受け、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスの第5950地区、South Minneapolis Rotary Clubに派遣されました。スピーチでは、アメリカで過ごした1年間を振り返りました。
ミネアポリスは冬にはマイナス30℃にもなる厳しい気候の街ですが、人々は穏やかで、歴史と現代が融合した、とても暮らしやすい街だったといいます。
最初のホストファミリーは両親と兄弟のいる家庭で、兄弟と同じ学校に通いました。しかし、学食は口に合わず、言葉も話せず、友達もなかなかできません。人と関わることは苦手ではなかったものの、何もできない自分がむなしく、近くの湖を眺めながら泣いて母親に電話をしたこともあったそうです。翻訳アプリを片手にしか会話が続かない状況に、相手に申し訳ない気持ちと自分の無力さを痛感したと振り返りました。そんななかでギターのレッスンに通い始め、少しずつ元気とやる気を取り戻していきました。
年明けに2つ目のホストファミリーに移ってからは、毎日がどんどん楽しくなっていきました。ホストマザーは通っている学校の英語の先生で、朝は一緒にドーナツとコーヒーを買って登校したそうです。音楽や古着が好きなホストファーザーとは食卓でたくさん話をし、まだ英語が十分でない別處さんに丁寧に英語を教えてくれました。「アメリカにお父さんができた」と思えるほどだったといいます。クリスマスには親戚が集まり、別處さんのギターに合わせて皆で歌を歌いました。おばあさんから「クリスマスには毎年ここに帰っておいで」と抱きしめてもらい、国や言葉を超えたつながりを感じたそうです。
暖かくなる頃には学校の友達とも親しくなり、卒業式ではガウンを着て帽子を投げる、アメリカらしい体験もできました。最終日に友達から「お前に会えて本当に良かった。これからも連絡を取り合おう」と言われ、苦労した時間が報われた気がしたと話しました。
ロータリーの交換留学生は世界中から集まっており、ともに1年を過ごした仲間たちがそれぞれの国で幸せでいてほしいという思いから、世界が平和であってほしいと一層強く願うようになったと語りました。
人と話すことが好きで、年齢や性別を問わず関係を築けると思っていたものの、それは言葉が通じていたからこそできていたことでした。言葉が話せないことの大変さと、言葉の重要性を実感した1年だったそうです。また、これまで当たり前だと思っていたことや、周囲の人たちにどれほど支えられて生活していたのかを身に染みて感じたとも述べました。別處さんは、この1年で得た知識と自信を胸に、学ぶことをやめず、何事も簡単に諦めずに挑戦していきたいと抱負を語り、茨木西ロータリークラブへの感謝の言葉でスピーチを締めくくりました。
